
行って参りました~
2013-12-24
こんにちは。
雨女の山下です。
11月に行って参りました「唐津くんち」の報告でございます。
お待たせいたしました~
では、さっそく
唐津くんちは、11月2~4日です。
3日は祭日ですが、4日は平日の場合がほとんどです。
そのため、私達唐津っ子は「くんち」に命をかけておりますので(言いすぎです)
会社は、8割以上休業のはずです。
唐津市内をヤマが行きかっていますので、車も通れず仕事にならないでしょう。
もちろん学生も、おくんちが始まる前に授業が終わります。
私たちの頃は、避難訓練をして帰っておりました。
もし、通常通りに学校行事をしたとしても、だれも出席しないでしょう(笑)
路線バスは動いていますが、ヤマがすべて通ってしまうまで待ちぼうけ状態です。
私も生まれて、こういう生活をずっ~としていましたので
祭りの時は、「休み」なのだと思っており当たり前のことだと思っていました。
休みだと話しをすると、驚かれることが多々あります。
まずは、11月2日「宵ヤマ」です。
宵ヤマは、夜のみあります。
夜ですから、曳山が提灯で綺麗に・・・・・・いいえ
私には、少し怖いくらいです(笑)
今年も金獅子が、ぎらぎらと不気味な笑みを浮かべてました(ぎゃーーーーぁ)
8番山 金獅子(弘化4年 1847年)


写真のセンスがなく申し訳ございません(涙)
周りの提灯でキラキラではなく、やっぱりギラギラに見えます。
怖くないですか???
機会があれば、この迫力ある曳山たちをぜひご覧下さいませ。
もう一つ怖い曳山~
じゃじゃーん 酒呑童子と源頼光の兜(明治2年 1869年)
(私たちは、なぜかライコウと呼んでいます)
これも険しい顔してますよ~!

ご要望にお答えして~(え?してませんか・・・・まぁ、そうおっしゃらずに!)
最後の14番山 七宝丸(明治9年 1876年)
七つの宝を運んでたはずです(笑)

今年も多くの地元の唐津っ子と観光客で賑わってました。
このヤマを引く引き手の人数も多いんです。
多いところは100人以上200人いるんじゃないかというほどです。
小さな小学生から大人まで、多さが伝わるかわかりませんが
写真最後のほうをご覧下さい。
さて、次は昼の部 11月3日
ここで、雨女の威力を発揮しました!
朝から雨が降っておりました・・・・(涙)
中止かと思って、地元放送局のチャンネルを見ていたところ
なぜか開催されている気配・・・引き込みの中継が始まりそうなのです。
急いで準備をし、でかけました~
なぜ中止かとおもったかといいますと、このヤマたちは前回説明したとおり
和紙で出来ておりますので「雨」は危険です。
台風でない限り耐えれますが、傷みます。
金箔に漆・・・・お手入れが大変です
去年も雨が降り、ヤマが傷んでしまったため今年にむけ
なんと、ヤマにかぶせる「カッパ」ん?
「レインコート」でしょうか?(笑)
少し不恰好にはなってしまいますが、大事なヤマを守るため作られたようです。
カッパ姿ご覧下さい!!!なかなかレアだと思います。
1番山 赤獅子 (文政2年 1819年)

7番山 飛龍(ひりゅう)弘化3年 1846年
このヤマは、カッパ着てません。

その町々で、ヤマへの想い お客様への想いにより違うのだと私は感じております。
カッパあり ⇒ ヤマを大事にすることを優先する町
カッパなし ⇒ 1年に一度のお披露目 ヤマが傷むのを承知の上で
お客様へヤマを見ていただきたいという想いを優先する町
この11月3日は、お旅所神幸の日で一番の見所です。
これは、残念ながら動画でないとすごさが伝わりません。
ある小学校の運動場をわざわざ砂浜の砂地に変えます。
砂地に数トンのヤマたちを、引き子達が時間をかけ戦いながら指定の位置に
ヤマを納めます。
ヤマが壊れるんじゃないかと思うぐらい、ぐらんぐらんと動きますよ。
そして、引きての方の多さですが


伝わりにくいと思います・・・これは一部ですので全部写真におさめようとすると
すごく小さくなってしまいます。
ハチマキにハッピ姿の人たちが2枚目は200人くらい居るのでは?と思われます。
曲がり角の時には、ヤマはいつ見えるの??と感じるほど長い引綱です。
雨の中、ずぶぬれになり皆さん頑張ってました~
全部のヤマを紹介したいのですが14台もありますので・・・
あと数台ご紹介いたします。
9番山 武田信玄(元治元年 1864年)

こちらは、兜系のヤマです。
兜系は、男性に人気のようですよ。
5番山 鯛(弘化2年 1845年)
ご存知の方が多いのが、これですね。
金魚じゃありませんからね! 鯛ですよ!
子供に人気です♪

2番山 青獅子(文政7年 1824年)

青となってますが、実際見ると緑です。
こちらは、ヤマの上に人が二人乗ってますが、ほかのヤマにも乗っています。
絶対怖い!降りるなら、今でしょ!?(すみません・・・)
乗って盛り上げているだけでなく、重要な役割もあります。
狭い道を通るときに、獅子の耳が電柱や軒先に当たらないように
動かしたりするんですよ。
私には、絶対無理です・・・落ちないよう綱を握ってますが
結構な高さありますからね。
ヤマの後ろのほうには、太鼓・鐘・笛で松浦囃子を演奏している人が
何人でしょう・・・・6人くらいですかね乗っています。
前のほうには、まだ引き手になれないくらいの小さいお子さんが
興奮して乗っていて、これが可愛いんですよ~
珍しいことがもう一つございます。
おくんちの日は、町内の家では「アラ」(魚)の煮付けを中心に
食事が各家庭でお客さんたちのために作られ、振舞われます。
知らない人にも声をかけ、「食べていかんね!」とおばさま達の声が聞こえてきます。
この3日間は、唐津だけで大量の「アラ」が食べられていることでしょう。
私、食べたことあるはずですが・・・・覚えてません
考えていたら、お腹がへってきました(笑)
まだまだ、お伝えしたいことはございますが来年に致します。
来年は、ハッピもご紹介できたらと思っております。
ぜひ来年は唐津へ足をお運び下さいませ。
美味しい「イカ」「魚」が食べれるお店など、お知りになりたいかたは
こっそりと山下までお声かけください。
(イカ=萬坊 ではございません!)
では、少し早いですが皆さん良いお年を~
雨女の山下です。
11月に行って参りました「唐津くんち」の報告でございます。
お待たせいたしました~
では、さっそく
唐津くんちは、11月2~4日です。
3日は祭日ですが、4日は平日の場合がほとんどです。
そのため、私達唐津っ子は「くんち」に命をかけておりますので(言いすぎです)
会社は、8割以上休業のはずです。
唐津市内をヤマが行きかっていますので、車も通れず仕事にならないでしょう。
もちろん学生も、おくんちが始まる前に授業が終わります。
私たちの頃は、避難訓練をして帰っておりました。
もし、通常通りに学校行事をしたとしても、だれも出席しないでしょう(笑)
路線バスは動いていますが、ヤマがすべて通ってしまうまで待ちぼうけ状態です。
私も生まれて、こういう生活をずっ~としていましたので
祭りの時は、「休み」なのだと思っており当たり前のことだと思っていました。
休みだと話しをすると、驚かれることが多々あります。
まずは、11月2日「宵ヤマ」です。
宵ヤマは、夜のみあります。
夜ですから、曳山が提灯で綺麗に・・・・・・いいえ
私には、少し怖いくらいです(笑)
今年も金獅子が、ぎらぎらと不気味な笑みを浮かべてました(ぎゃーーーーぁ)
8番山 金獅子(弘化4年 1847年)


写真のセンスがなく申し訳ございません(涙)
周りの提灯でキラキラではなく、やっぱりギラギラに見えます。
怖くないですか???
機会があれば、この迫力ある曳山たちをぜひご覧下さいませ。
もう一つ怖い曳山~
じゃじゃーん 酒呑童子と源頼光の兜(明治2年 1869年)
(私たちは、なぜかライコウと呼んでいます)
これも険しい顔してますよ~!

ご要望にお答えして~(え?してませんか・・・・まぁ、そうおっしゃらずに!)
最後の14番山 七宝丸(明治9年 1876年)
七つの宝を運んでたはずです(笑)

今年も多くの地元の唐津っ子と観光客で賑わってました。
このヤマを引く引き手の人数も多いんです。
多いところは100人以上200人いるんじゃないかというほどです。
小さな小学生から大人まで、多さが伝わるかわかりませんが
写真最後のほうをご覧下さい。
さて、次は昼の部 11月3日
ここで、雨女の威力を発揮しました!
朝から雨が降っておりました・・・・(涙)
中止かと思って、地元放送局のチャンネルを見ていたところ
なぜか開催されている気配・・・引き込みの中継が始まりそうなのです。
急いで準備をし、でかけました~
なぜ中止かとおもったかといいますと、このヤマたちは前回説明したとおり
和紙で出来ておりますので「雨」は危険です。
台風でない限り耐えれますが、傷みます。
金箔に漆・・・・お手入れが大変です
去年も雨が降り、ヤマが傷んでしまったため今年にむけ
なんと、ヤマにかぶせる「カッパ」ん?
「レインコート」でしょうか?(笑)
少し不恰好にはなってしまいますが、大事なヤマを守るため作られたようです。
カッパ姿ご覧下さい!!!なかなかレアだと思います。
1番山 赤獅子 (文政2年 1819年)

7番山 飛龍(ひりゅう)弘化3年 1846年
このヤマは、カッパ着てません。

その町々で、ヤマへの想い お客様への想いにより違うのだと私は感じております。
カッパあり ⇒ ヤマを大事にすることを優先する町
カッパなし ⇒ 1年に一度のお披露目 ヤマが傷むのを承知の上で
お客様へヤマを見ていただきたいという想いを優先する町
この11月3日は、お旅所神幸の日で一番の見所です。
これは、残念ながら動画でないとすごさが伝わりません。
ある小学校の運動場をわざわざ砂浜の砂地に変えます。
砂地に数トンのヤマたちを、引き子達が時間をかけ戦いながら指定の位置に
ヤマを納めます。
ヤマが壊れるんじゃないかと思うぐらい、ぐらんぐらんと動きますよ。
そして、引きての方の多さですが


伝わりにくいと思います・・・これは一部ですので全部写真におさめようとすると
すごく小さくなってしまいます。
ハチマキにハッピ姿の人たちが2枚目は200人くらい居るのでは?と思われます。
曲がり角の時には、ヤマはいつ見えるの??と感じるほど長い引綱です。
雨の中、ずぶぬれになり皆さん頑張ってました~
全部のヤマを紹介したいのですが14台もありますので・・・
あと数台ご紹介いたします。
9番山 武田信玄(元治元年 1864年)

こちらは、兜系のヤマです。
兜系は、男性に人気のようですよ。
5番山 鯛(弘化2年 1845年)
ご存知の方が多いのが、これですね。
金魚じゃありませんからね! 鯛ですよ!
子供に人気です♪

2番山 青獅子(文政7年 1824年)

青となってますが、実際見ると緑です。
こちらは、ヤマの上に人が二人乗ってますが、ほかのヤマにも乗っています。
絶対怖い!降りるなら、今でしょ!?(すみません・・・)
乗って盛り上げているだけでなく、重要な役割もあります。
狭い道を通るときに、獅子の耳が電柱や軒先に当たらないように
動かしたりするんですよ。
私には、絶対無理です・・・落ちないよう綱を握ってますが
結構な高さありますからね。
ヤマの後ろのほうには、太鼓・鐘・笛で松浦囃子を演奏している人が
何人でしょう・・・・6人くらいですかね乗っています。
前のほうには、まだ引き手になれないくらいの小さいお子さんが
興奮して乗っていて、これが可愛いんですよ~
珍しいことがもう一つございます。
おくんちの日は、町内の家では「アラ」(魚)の煮付けを中心に
食事が各家庭でお客さんたちのために作られ、振舞われます。
知らない人にも声をかけ、「食べていかんね!」とおばさま達の声が聞こえてきます。
この3日間は、唐津だけで大量の「アラ」が食べられていることでしょう。
私、食べたことあるはずですが・・・・覚えてません
考えていたら、お腹がへってきました(笑)
まだまだ、お伝えしたいことはございますが来年に致します。
来年は、ハッピもご紹介できたらと思っております。
ぜひ来年は唐津へ足をお運び下さいませ。
美味しい「イカ」「魚」が食べれるお店など、お知りになりたいかたは
こっそりと山下までお声かけください。
(イカ=萬坊 ではございません!)
では、少し早いですが皆さん良いお年を~
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